
マルチクラウド時代のSRE課題━AWS・Google CloudのSLO実装と、パフォーマンスの比較
はじめに
現代のデジタルサービスにおいて、ユーザー体験の質はビジネスの成否を左右します。SRE(Site Reliability Engineering)は、システムの信頼性を高め、運用を自動化することで、このユーザー体験を支える重要な役割を担っています。
その中でも、サービスの品質を具体的な数値で定義するサービスレベル目標(SLO)は、SRE活動の根幹をなします。SLOを設定することで、開発チームと運用チームが共通の目標を持ち、どの程度のリスクを許容できるかを明確にできます。これにより、無駄なリソース投入を防ぎ、効率的な改善活動に繋げることが可能になります。
本記事では、SREにおいて不可欠なSLOの設定と検証について、特に複雑化するマルチクラウド環境に焦点を当ててご紹介します。現場での具体的な実装方法、そしてモニタリングツールとして広く利用されるPrometheusを用いたパフォーマンス比較を通じて、実践的な運用戦略を考察していきます。
マルチクラウド時代のSRE課題とSLOの重要性
今日のシステム運用では、特定のクラウドベンダーに依存せず、複数のクラウドプロバイダーを組み合わせるマルチクラウド戦略が一般的になっています。
このアプローチは、ベンダーロックインの回避、DR(Disaster Recovery)戦略の強化、コスト最適化など多くのメリットをもたらす一方で、システム運用の複雑性を増大させます。異なるAPI、異なるサービスモデル、異なるモニタリングツールが混在する環境では、一貫した信頼性を確保することが大きな課題となります。
このような環境において、SREの主要なプラクティスであるSLOの設定は、サービスの信頼性を客観的に評価し、チーム内外の共通認識を形成する上で極めて重要です。
SLOは、ユーザーが体感するサービスの品質目標を数値で定義するものであり、これに基づいてエラーバジェットを設定することで、機能開発と信頼性向上への投資のバランスを取ることが可能になります。
AWSとGoogle CloudにおけるSLO実装の現場検証
今回の現場検証では、架空のWebサービスを想定し、AWSとGoogle Cloudの両環境でサービスをデプロイし、それぞれでSLOを定義・監視しました。
検証環境の概要
項目 | AWS環境 | Google Cloud環境 |
---|---|---|
コンピューティング | Amazon EC2 (t3.micro) | Compute Engine (e2-micro) |
データベース | Amazon RDS (PostgreSQL) | Cloud SQL (PostgreSQL) |
ロードバランサ | Application Load Balancer (ALB) | Cloud Load Balancing (HTTP(S) Load Balancing) |
モニタリング | Amazon CloudWatch + Prometheus (EC2上で稼働) | Cloud Monitoring + Prometheus (Compute Engine上で稼働) |
SLO定義の例
今回の検証では、Webサービスのユーザーリクエストに対する可用性とレイテンシを主要なSLOとして設定しました。
- 可用性 (Availability): 過去30日間で、成功レスポンス(HTTP 2xx)の割合が99.9%以上であること。
- レイテンシ (Latency): 過去30日間で、リクエストの99パーセンタイル値が500ミリ秒以下であること。
これらのSLO達成度をPrometheusで監視し、アラートを設定しました。
Prometheusによるパフォーマンス比較
Prometheusは、時系列データベースと強力なクエリ言語(PromQL)を組み合わせたオープンソースのモニタリングシステムです。異なるクラウド環境においても一貫した監視基盤を構築できるため、マルチクラウド環境でのSLO監視に適しています。
今回の検証では、両クラウド環境にPrometheusサーバーをデプロイし、それぞれのエンドポイントからメトリクスを収集しました。
比較項目 | AWS環境におけるPrometheusの挙動 | Google Cloud環境におけるPrometheusの挙動 |
---|---|---|
メトリクス収集 | CloudWatch Exporterなどを利用してメトリクスを収集。EC2インスタンスへのデプロイと運用が必要。 | Cloud Monitoringと統合されたPrometheusメトリクス収集機能や、Compute Engineへのデプロイが可能。 |
デプロイの容易さ | EC2インスタンスのプロビジョニング、Prometheusのインストール、設定が必要。 | Compute Engineのデプロイは同様だが、Google Cloud Managed Service for Prometheusを利用すると、Prometheusサーバーの運用負荷を軽減できる。 |
パフォーマンス | t3.microインスタンスでは、大量のメトリクス収集時にリソースがひっ迫する可能性。スケールアップの検討が必要。 | e2-microインスタンスでは同様の傾向。Managed Service for Prometheusはスケーラビリティに優れる。 |
コスト | EC2インスタンスの稼働コスト、データ転送コスト。 | Compute Engineの稼働コスト、データ転送コスト。Managed Service for Prometheusの利用コスト。 |
Prometheusはどちらの環境でも問題なく動作しましたが、Google Cloud Managed Service for Prometheusのようなマネージドサービスを利用することで、Prometheusサーバー自体の運用負荷を大幅に軽減できる利点が見られました。
これにより、SREチームはSLOの定義と改善により注力できるようになります。
検証結果から見出す最適な運用戦略
今回の検証結果から、マルチクラウド環境でのSLO設定と運用におけるいくつかの重要な示唆が得られました。
一貫したSLO定義の重要性
クラウド環境が異なっても、ユーザー体験を損なわないためのSLO定義は一貫させるべきです。これにより、どのクラウドでサービスが稼働していても、同じ基準で信頼性を評価できます。
オブザーバビリティの統一
Prometheusのようなツールを利用して、異なるクラウドからのメトリクスを一元的に収集・可視化することで、マルチクラウド環境全体の健全性を把握しやすくなります。各クラウドプロバイダーが提供するモニタリングサービスも強力ですが、横断的な視点を持つことが重要です。
マネージドサービスの活用
Prometheusの運用そのものにSREのリソースを割くのではなく、Google Cloud Managed Service for Prometheusのようなマネージドサービスを活用することで、SLO監視基盤の構築と維持にかかる手間を削減できます。AWSでもAmazon Managed Service for Prometheus (AMP)が提供されており、同様のメリットが得られます。
エラーバジェットの活用
SLOを定義したら、必ずエラーバジェットを計算し、それを基に開発チームと運用チームが信頼性向上と新機能開発の優先順位を議論するプロセスを確立することが重要です。
まとめ
マルチクラウド環境は、現代のシステム運用において避けて通れないトレンドです。このような複雑な環境下でサービスの信頼性を維持・向上させるためには、SREプラクティス、特にSLOの適切な設定と継続的な監視が不可欠です。
本記事では、AWSとGoogle CloudにおけるSLO実装の現場検証を通じて、Prometheusを活用したパフォーマンス比較と、そこから得られる最適な運用戦略についてご紹介しました。異なるクラウドの特性を理解しつつ、一貫したオブザーバビリティとマネージドサービスの活用を進めることが、マルチクラウド環境でのSRE成功の鍵となります。
まずは、ご自身のシステムで最も重要なサービスについてSLOを定義し、シンプルな監視から始めてみてはいかがでしょうか?AWSやGoogle Cloudの公式ドキュメントには、それぞれのモニタリングサービスやPrometheusとの連携に関する詳細な情報が記載されていますので、ぜひ参考にしてみてください。