SLO運用の形骸化を防ぐ!Terraform&Cloud Functionsでエラーバジェット運用を自動化
SLOとは、サービス提供者が自社の運用目標として設定する、稼働率や性能、可用性などの具体的な数値目標です。サービスの信頼性を測る指標であるSLO(サービスレベル目標)は、多くの現場で導入されていると思います。
しかし、「SLOを定めたものの、日々の運用に活かせていない」「エラーバジェット(SLOに基づき許容されるエラーの量)を意識した開発ができていない」といった声も少なくありません。
この記事では、サービスの信頼性を測る指標であるSLO(サービスレベル目標)の運用を、単なる目標設定で終わらせず、日々の運用に活かすための具体的な自動化戦略を解説します。
SLO運用は、なぜ形骸化するのか?
SLOを導入した多くのチームが直面する「形骸化」の課題。その根源をたどると、多くの場合、「手動での監視と対応」という運用プロセスに行き着きます。
では、なぜ手動プロセスがSLOを意識しづらくさせ、エラーバジェットを「ただの数字」に変えてしまうのでしょうか。
理由1. 対応の遅れで、目標が「絵に描いた餅」になるため
手動対応では、アラートに気づき対応するまでに必ず時間がかかります。この「空白の時間」にもサービスはエラーを吐き続け、エラーバジェットは一方的に消費されていきます。問題が深刻化してから対応する後手後手の運用では、バジェットを計画的に活用することはできません。
結果、SLOは達成不可能な「飾りの目標値」となり、現実味のないものとして形骸化してしまうのです。
理由2. 判断のブレで、「共通言語」として機能しなくなるため
エラーバジェットは、「あとどれだけのリスクを取れるか」をチーム全体で共有するための、客観的な共通言語です。しかし手動対応では、「このエラーは様子見で大丈夫」といった判断が担当者の経験や状況に左右され、基準が曖昧になります。
開発チームは、このブレのある指標を信頼して意思決定できなくなり、結果としてエラーバジェットは誰にも使われない「ただの数字」と化し、形骸化に繋がります。
理由3. 「守り」の文化が、SLO本来の目的を失わせるため
エラーバジェットは本来、サービスの安定性を前提に、どれだけ挑戦できるかを示す「攻め」の指標です。しかし、手動対応でエラーバジェットの枯渇を恐れるあまり、運用チームは変更に臆病になり、開発チームはリリースできない状況に不満を募らせます。
こうして、イノベーションを後押しするはずのSLOは、単にリリースを制限するだけの制約へと姿を変え、その本来の目的を失い、形骸化していくのです。
「エラーバジェット運用」を自動化する方法
手動運用によるSLOの形骸化を防ぐ鍵は、「エラーバジェット運用」の自動化にあります。
これは、エラーバジェットの消費ペースを機械的に監視し、あらかじめ定められたルール(ポリシー)に基づいて、対応アクションまでを自動で実行する仕組みを構築することを指します。
この自動化戦略は、主に以下の3つのステップで構成されます。
| ステップ | 自動化する内容 | 主要なツール/サービス |
|---|---|---|
| 1. SLO/アラート設定のコード化 | SLOと、その消費ペースを監視するアラート設定をコードで定義し、手動設定ミスや管理漏れを防ぎます。 | Terraform, Cloud Monitoring |
| 2. 異常の自動検知 | エラーバジェットの消費ペース(バーンレート)を常時監視し、異常な消費を人間を介さず迅速に検知します。 | Cloud Monitoring |
| 3. 対応アクションの自動実行 | 異常検知をトリガーに、カナリアリリースのロールバックといった対応を、人手を介さず自動で実行します。 | Cloud Functions, Cloud Workflows |
ステップ1. TerraformによるSLO/アラート設定のコード化
自動化の第一歩は、TerraformのようなIaCツールを使い、Google Cloudの監視サービスであるCloud Monitoringに設定するSLOやアラートをコード化することです。このコードは、Cloud Monitoringに「どのSLOを、どの閾値で監視すべきか」を指示する、いわば設計図の役割を果たします。
Terraformでコードを適用すれば、その定義がCloud Monitoring上に自動で設定されるため、手動操作に起因する設定ミスや環境ごとの設定のバラつきを根本から防ぐことができます。さらに、SLOという信頼性の重要ルールをGitでバージョン管理することで、変更履歴が明確になります。
これにより、信頼性の設定作業は、属人的な手作業から、チームでレビュー可能で再現性のあるエンジニアリングプロセスへと進化するのです。
参考:
google_monitoring_slo(Terraform Provider for Google Cloud)
google_monitoring_alert_policy(Terraform Provider for Google Cloud)
ステップ2. バーンレートアラートによる異常の自動検知
次に自動化するのは「異常の検知」です。人間がダッシュボードを眺めてサービスの異常に気づくのではなく、システムに異常を検知させます。ここで用いるのが「バーンレートアラート」です。
バーンレートとは、エラーバジェットが消費される速度のことです。Cloud Monitoringでは、このバーンレートが設定した閾値を超えた場合に、自動でアラートを発報させることができます。
これは、エラーバジェットが枯渇するという「結果」が起きてからではなく、枯渇に向かっているという「予兆」の段階で、システムが自動的に危険を察知する仕組みです。この自動検知が、次のステップである「対応の自動化」の引き金(トリガー)となります。
参考: バーンレートに関するアラート(Google Cloud 公式ドキュメント)
ステップ3. Cloud FunctionsとWorkflowsによる対応の自動実行
3つ目の自動化は、「対応アクションの自動実行」です。ステップ2で自動検知されたアラートをトリガーとして、あらかじめ定義しておいた対応、すなわち「エラーバジェットポリシー」をシステムに自動で実行させます。
エラーバジェットポリシーとは、「エラーバジェットが危険な速度で消費された際に、サービスを守るために何を行うか」というルールです。
| ポリシーの例 | 自動実行するアクション |
|---|---|
| 新機能リリースの一次停止 | デプロイメントパイプラインを自動的にロックする |
| カナリアリリースの自動ロールバック | 新バージョンへのトラフィックを即座に0%に戻す |
| 調査担当者の自動アサイン | インシデント管理ツールにチケットを自動起票し、担当者を割り当てる |
【具体例】カナリアリリースの自動ロールバック
例えば、バーンレートアラートをトリガーに、カナリアリリースのロールバックを自動化するシナリオを考えてみましょう。
- 自動検知(Cloud Monitoringが急速なバーンレートを検知し、Pub/Subトピックに通知を送信する)
- 自動実行(Pub/SubメッセージをトリガーにCloud Workflowsが起動し、Cloud Functionsを呼び出す)
- 自動ロールバック(関数がロードバランサーやサービスメッシュの設定を即座に変更し、新バージョンへのトラフィックを自動で切り戻す)
担当者がアラートに気づき、PCを開いて状況を確認し、コマンドを実行する…といった手動プロセスが、数秒から数十秒のシステム処理に置き換わります。
参考:
Cloud Monitoring の通知チャネルとして Pub/Sub が利用可能に(Google Cloud公式ブログ)
Pub/Sub トリガー(Google Cloud 公式ドキュメント)
Cloud Workflows の概要(Google Cloud 公式ドキュメント)
まとめ
SLO運用を成功させる鍵は、目標設定だけでなく、その目標を維持するための具体的なアクションを自動化することにあります。今回紹介した以下のような一連の戦略は、そのための強力な武器となります。
- TerraformによるSLOのコード化
- バーンレートアラートによる異常検知
- Cloud FunctionsとWorkflowsによる自動対応
この仕組みを導入することで、エラーバジェットは「ただの数字」から、開発の速度と信頼性を両立させるための「生きた指標」へと変わるキッカケしていただけると幸いです。