
eBPF主要ツール「Cilium, Falco, Pixie」を徹底比較!
eBPFの登場は、Linuxカーネルの歴史における画期的な出来事です。カーネルのソースコードを直接変更することなく、その振る舞いを安全かつ動的に拡張できるこの技術は、現代のシステム運用に不可欠なネットワーキング、オブザーバビリティ(可観測性)、そしてセキュリティのあり方を根底から変えつつあります。
この強力なeBPFエコシステムの中でも、代表的なツールとして存在感を放つのがCilium、Falco、そしてPixieです。それぞれがネットワーキング、セキュリティ、オブザーバビリティという異なる領域に特化しています。
本記事では、eBPFの主要ツールであるCilium、Falco、Pixieのそれぞれの特徴と最適な利用シーンをご紹介。自社の環境にどのツールを導入すべきかの判断材料にお役立てください。
eBPFとは
eBPF(extended Berkeley Packet Filter)とは、Linuxカーネルの機能を安全かつ動的に拡張するための革新的な技術です。
従来、カーネルの動作を変更するには、ソースコードを直接修正したり、カーネルモジュールを追加したりする必要があり、システムの不安定化やセキュリティリスクを伴いました。
eBPFは、カーネル内に「サンドボックス」と呼ばれる安全な仮想環境を用意し、そこで検証済みのプログラムを実行させます。これにより、カーネル本体に手を加えることなく、その振る舞いを柔軟に変更できます。
この仕組みは、パフォーマンスへの影響を最小限に抑えつつ、ネットワーキング、オブザーバビリティ(可観測性)、セキュリティ監視といった高度な機能を実現する鍵となっています。
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ネットワーキングの覇者「Cilium」
Ciliumは、eBPFを活用してコンテナワークロード間のネットワーク接続を提供、保護、監視するために設計されたオープンソースソフトウェアです。 Kubernetesのような環境において、CNI(Container Network Interface)プラグインとして機能し、コンテナ間のネットワーキングを根底から支えます。
Ciliumの最大の特徴は、IPアドレスではなく、サービスやPodの「アイデンティティ」に基づいたセキュリティポリシーを適用できる点にあります。 これにより、IPアドレスが頻繁に変わる動的な環境でも、L3からL7(HTTP、gRPC、Kafkaなど)にわたるきめ細やかなアクセス制御を、アプリケーションコードやコンテナ構成を変更することなく実現します。
さらに、eBPFをデータプレーンに活用することで、多くの場合において従来のiptablesベースの仕組みをバイパスまたは置き換え、より高いパフォーマンスとスケーラビリティを持つロードバランシング機能を提供します。
セキュリティの守護神「Falco」
Falcoは、クラウドネイティブ環境のランタイムセキュリティに特化したCNCFの卒業(Graduated)プロジェクト(成熟し、安定しており、企業が本番環境で安心して利用できる品質のソフト)です。
システムコール、Kubernetesの監査ログ、その他のイベントをリアルタイムで監視し、定義されたルールセットに基づいて不審なアクティビティやセキュリティ脅威を検出します。例えば、「コンテナ内でのシェル起動」や「機密ファイルへの予期せぬアクセス」、「予期せぬネットワーク接続」といったイベントを検知し、即座にアラートを発報できます。
FalcoはeBPFを利用してカーネルレベルでイベントを捕捉するため、パフォーマンスへの影響を抑えつつ、コンテナやホストの内部で何が起きているかを詳細に把握することが可能です。
Falcoのルールは柔軟にカスタマイズ可能であり、組織固有のセキュリティポリシーに合わせてチューニングすることができます。 検知したアラートは、SlackやSyslogなど、様々な通知チャネルに送信できます。
オブザーバビリティの探求者「Pixie」
Pixieは、Kubernetes上で実行されるアプリケーションのためのオープンソース・オブザーバビリティプラットフォームです。 他のツールと一線を画すのは、サポートされている言語やプロトコルにおいて、アプリケーションに計装(手動でのコード変更)をほとんど必要とせずに、eBPFを使ってカーネルレベルでテレメトリデータを自動収集する点です。
Pixieは、クラスタにインストールされると、サービス間の通信、リソース使用率、アプリケーションのパフォーマンスプロファイル、さらには個々のリクエストのトレースまで、豊富なデータを自動的に収集し始めます。 収集されたデータは、Pixieが提供するWeb UIやCLIを通じて、リアルタイムに分析、可視化することが可能です。
開発者やSREは、デバッグやパフォーマンスチューニング、インシデント対応の際に、問題が発生しているPodにSSHでログインしたり、ログを延々と探したりすることなく、即座にシステムの内部状態を把握できます。
Cilium、Falco、Pixieを徹底比較!
これら3つのツールは、それぞれがeBPFという共通の技術基盤の上に成り立っていますが、その目的と得意分野は明確に異なります。以下の表で、それぞれの特徴を比較してみましょう。
Cilium | Falco | Pixie | |
---|---|---|---|
主要な役割 | ネットワーキング、ネットワークセキュリティ | ランタイムセキュリティ | オブザーバビリティ、デバッグ |
得意分野 | 高性能なサービス間通信、アイデンティティベースのL3-L7ポリシー適用、サービスメッシュ | リアルタイムでの脅威検出、コンプライアンス違反の監視、フォレンジック調査 | コード変更不要の自動データ収集、アプリケーションのプロファイリング、リクエストトレース |
導入の観点 | CNIとして導入。ネットワークの根幹に関わるため、計画的な導入が必要。 | DaemonSetとして各ノードに展開。既存環境への追加が比較的容易。 | KubernetesクラスタにOperatorとして導入。比較的容易に利用開始可能。 |
パフォーマンス | eBPFによりiptablesより高性能。 | eBPFにより低オーバーヘッド。ただし、ルールセットの複雑さに依存。 | eBPFにより低オーバーEI。データ収集はサンプリング等で調整可能。 |
主なユースケース | Kubernetesクラスタのネットワーク基盤、マイクロサービスのセキュリティ確保 | 不審なプロセス実行やファイル改ざんの検知、コンテナからの脱出攻撃の監視 | アプリケーションのパフォーマンスボトルネック特定、レイテンシ問題のデバッグ |
あなたのユースケースに最適なツールは?
どのツールを選ぶべきかは、解決したい課題によって決まります。具体的なシナリオごとに、どのような課題にどのツールが最適かの一例をご紹介します。
課題・要望 | 推奨ツール | 最適な理由 |
---|---|---|
Kubernetesのネットワーク性能を根本から改善したい | Cilium | eBPFでiptablesをバイパスし、カーネル内で直接パケットを処理するため、高速なロードバランシングとネットワークポリシー適用を実現できます。 |
IPアドレスではなく、サービス名やラベルで通信を制御したい | Cilium | アイデンティティベースのセキュリティモデルを採用しており、IPアドレスが頻繁に変わる動的な環境でも、L3からL7までの通信を一貫して制御できます。 |
サイドカーなしでサービスメッシュを実現したい | Cilium | eBPFベースのサービスメッシュ機能はサイドカーが不要なため、リソース効率や運用コストの面で大きなメリットがあります。これにより、トラフィック管理、暗号化、可観測性といった主要なサービスメッシュ機能を実現します。 |
複数のKubernetesクラスタやハイブリッド環境を安全に接続したい | Cilium | Cluster Mesh機能を使えば、複数のクラスタにまたがるPod間の通信を、単一クラスタ内のようにシンプルかつセキュアに実現できます。 |
コンテナ内で不審なコマンドが実行されたことを即座に検知したい | Falco | システムコールを監視し、「コンテナ内でのシェル起動」や「予期せぬパッケージインストーラの実行」といったルール違反をリアルタイムで検出します。 |
機密情報への不正アクセスや設定ファイルの改ざんを監視したい | Falco | /etc や /root といった重要なディレクトリやファイルへのアクセス・変更を監視し、セキュリティインシデントの兆候を早期に捉えることができます。 |
コンプライアンス要件(PCI-DSSなど)のための監査証跡を残したい | Falco | 「誰が、いつ、何をしたか」を詳細に記録する能力に長けており、セキュリティ監査やインシデント後のフォレンジック調査に不可欠な証跡を提供します。 |
アプリケーションのコードをほぼ変更せずに、パフォーマンスを可視化したい | Pixie | eBPFによる自動計装(Auto-instrumentation)機能により、再デプロイや手動でのライブラリ追加なしに、即座に詳細なテレメトリデータを収集できます。 |
マイクロサービス間のレイテンシのボトルネックを特定したい | Pixie | サービス間の通信を自動でトレースし、リクエストがどのサービスでどれだけ時間を要しているかを可視化する「サービスマップ」を自動生成します。 |
特定のPodのCPU/メモリ使用量が急増した原因を調査したい | Pixie | CPUプロファイリング(フレームグラフ)やメモリ使用状況を継続的に収集し、コードレベルでどの関数がリソースを消費しているかを特定するのに役立ちます。 |
DBクエリが遅い。どのクエリが問題なのかを特定したい | Pixie | PostgreSQL, MySQL, Redisなどの主要なデータベースプロトコルを自動で解析し、実行されたクエリ、応答時間、スループットなどを一覧表示します。 |
これらのユースケースは代表的なものですが、各ツールはさらに多くの機能を備えています。
重要なのは、これらのツールが単独で機能するだけでなく、協調して動作することで、より堅牢なシステムを構築できるという点です。例えば、Ciliumで構築した高性能なネットワーク基盤の上で、Falcoがセキュリティの番人として不審な振る舞いを監視し、Pixieがアプリケーションの健全性やパフォーマンスを常に観測する、といった多層的な防御・観測体制を築くことが理想的な姿と言えるでしょう。
例えば、Ciliumで構築した高性能なネットワーク基盤の上で、Falcoがセキュリティの番人として目を光らせ、Pixieがアプリケーションの健全性を常に監視する、といった多層的な防御・観測体制を築くことが理想的な姿と言えるでしょう。
まとめ
eBPFは、クラウドネイティブ時代のシステム運用における新たな標準となりつつあります。今回紹介したCilium、Falco、Pixieは、それぞれがネットワーキング、セキュリティ、オブザーバビリティという重要な領域において、eBPFの力を最大限に引き出す強力なソリューションです。
これらのツールの特性を理解し、自らの課題と照らし合わせることで、より安全で、効率的で、観測しやすいシステムを構築するための一歩を踏み出すことができます。参考になれば幸いです。