
SREのインシデント対応!ポストモーテムの実践方法と、失敗から学んだ教訓
日々のシステム運用業務に追われ、効率化や自動化の新しい手法を探しているインフラエンジニアやSREの皆さんにとって、インシデント対応は避けて通れない重要な業務です。
この記事では、インシデントを単なる「障害」で終わらせず、組織全体の「学び」へと昇華させるための強力な武器、「ポストモーテム」について、具体的な実践方法からSLA/SLO違反を防ぐための再発防止策まで、現場で得た教訓を交えて解説します。
この記事を読めば、ポストモーテ厶の重要性を理解し、自社のインシデント対応プロセスを改善するための具体的なアクションプランを描けるようになるはずです。ぜひ最後までご覧ください!
ポストモーテムとは?障害報告書との根本的な違い
ポストモーテムは、インシデントが発生した後にその原因、影響、対応プロセス、そして再発防止策を分析し、文書化する活動です。 日本語では「事後検証」や「振り返り」と訳されることもあります。
ポストモーテムは従来の「障害報告書」と混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。
障害報告書は、主に顧客や上司への報告と謝罪を目的とし、インシデントの概要や直接的な原因、暫定的な対策が中心に記載されます。 一方、ポストモーテムの主な読者は、開発者や運用担当者といった内部のエンジニアです。 その目的は、インシデントから学びを得て、将来の同様のインシデントを防ぎ、システムの信頼性を継続的に向上させることにあります。
ポストモーテムの実施に最も重要な原則
効果的なポストモーテムを実施する上で最も重要な原則は、「非難のない文化(Blameless Culture)」を徹底することです。
つまり、インシデントの原因を個人のミスや責任に帰するのではなく、システムやプロセス、ツールに潜む問題点に焦点を当てます。 「誰が」失敗したかではなく、「なぜ」その失敗が起こり得る状況だったのかを問い詰めるという事です。
この文化がなければ、担当者は処罰を恐れて情報を隠したり、当たり障りのない報告に終始したりしてしまい、真の根本原因にたどり着くことはできません。 心理的安全性が確保された環境でこそ、率直な意見交換が活発になり、組織全体の学習効果が最大化されるのです。
実践!ポストモーテムの具体的な進め方
ポストモーテムは、決まったフォーマットに沿って進めることで、抜け漏れなく効果的な分析が可能になります。 GoogleのSREブックでも紹介されているように、一般的には以下の要素を含んだテンプレートが用いられます。
このプロセスを通じて、インシデントは単なる失敗ではなく、システムの信頼性を高めるための貴重な資産へと変わります。
ポストモーテムにおける、5つのアンチパターン
インシデント後のポストモーテムは、システムの弱点を特定し、改善するための絶好の機会です。しかし、やり方を間違えれば、その価値は半減してしまいます。
ここでは、現場でありがちな5つの失敗事例と、そこから我々が得られる教訓、そして具体的な再発防止策を紹介します。
アンチパターン1:犯人探しで終わるポストモーテム
あるインシデントで、原因が特定の一人のエンジニアによる手動オペレーションミスだったことが判明しました。ポストモーテムの場は、そのエンジニアへの詰問のようになり、「なぜ確認しなかったのか」「手順書を読んでいなかったのか」といった個人への非難が飛び交いました。
結果として、報告書には「担当者の注意不足」と記載され、対策も精神論に終始してしまいました。チームには気まずい雰囲気が残り、他のメンバーも自身のミスを報告しづらくなりました。
教訓
インシデントの真の原因は、個人の資質ではなく、ミスを許容してしまったシステムやプロセスそのものにあります。「誰が」失敗したかではなく、「なぜ」その状況が生まれたのかを問うべきです。非難のない文化を醸成し、誰もが安心して事実を報告できる心理的安全性を確保することが、本当に価値のある教訓を引き出すための鍵となります。
再発防止策
ポストモーテムの目的が「学習」であることを、参加者全員で明確に合意形成します。ファシリテーターを立て、議論が個人攻撃に向かいそうになった際には軌道修正を促すルールを設けます。
また、報告書のテンプレートから「担当者」の項目をなくし、「状況」や「システムの状態」を記述するフォーマットに変更することで、仕組みとして個人に焦点が当たりにくくする工夫も有効です。
アンチパターン2:「気合」と「根性」の対策
設定ファイルのコピー&ペーストミスにより、本番環境で大規模な障害が発生しました。ポストモーテムで策定された再発防止策は、「今後はダブルチェックを徹底する」「設定変更時は、より一層注意を払う」というものでした。
しかし数ヶ月後、別の担当者が同様のミスを犯し、再び同じインシデントが発生してしまいました。人の注意力に依存した対策がいかに脆いかを痛感した瞬間でした。
教訓
SREの基本は、ヒューマンエラーを前提としたシステム設計です。注意力や集中力といった不確実なものに頼るのではなく、ミスが起こり得ない、あるいは起きても影響がない「仕組み」を構築することが不可欠です。対策は具体的で、誰が実行しても同じ結果になるものでなければなりません。
再発防止策
手動での設定変更を原則禁止し、TerraformやAnsibleといったツールを用いてインフラ構成をコードで管理するIaC(Infrastructure as Code)を徹底します。これにより、すべての変更はコードレビューの対象となり、人的ミスが介在する余地を大幅に削減できます。
また、CI/CDパイプラインを整備し、テストとデプロイのプロセスを自動化することも、品質と安全性を高める上で極めて重要です。
アンチパターン3:記憶頼りの曖昧な記録
インシデント対応が深夜に及び、関係者が疲弊していました。対応中はチャットでのやり取りや口頭での指示が飛び交い、誰がいつ、何を判断し、何を実行したのかの正確な記録が残っていませんでした。
翌日のポストモーテムでは、各人の記憶が曖昧で水掛け論に終始し、結局、何がクリティカルなアクションだったのかを正確に特定できず、ぼんやりとした分析しかできませんでした。
教訓
効果的なポストモーテムは、客観的で正確な事実の記録から始まります。人間の記憶は不確かであり、時間が経つほど薄れていきます。客観的なタイムラインこそが、偏りのない分析を行うための最も重要なインプットです。
再発防止策
インシデント発生時には、対応専用のチャットチャネル(例: Slackのincident-xxxチャネル)を即座に作成し、すべてのコミュニケーション、判断、作業ログをそこに集約するルールを徹底します。
PagerDutyのようなインシデント管理ツールを導入し、アラート検知から対応者のアサイン、タイムラインの自動記録までを一元管理することも、正確な記録を残す上で非常に効果的です。
アンチパターン4:アラート疲れによる見逃し
あるサービスの監視システムは、CPU使用率など考えうる限りのメトリクスにアラートを設定していました。しかし、そのほとんどは緊急性の低いもので、エンジニアは日常的に鳴り響くアラートに麻痺していました。
ある日、本当に致命的なインシデントの兆候を示すアラートが発生しましたが、他の些細なアラートに埋もれて見逃され、SLA違反につながってしまいました。
教訓
すべてを監視しようとすると、本当に重要なシグナルが見えなくなります。アラートは、「すぐに対応が必要な、ユーザー影響のある事象」に限定して発報されるべきです。アラートの数ではなく、その「質」がサービスの信頼性を左右します。
再発防止策
ユーザー体験に直接影響するSLI(Service Level Indicator)を定義し、その目標値であるSLO(Service Level Objective)を策定します。そして、アラートはSLO違反の危機、すなわちエラーバジェットの急激な消費を検知した場合にのみ発報するように設定を見直します。
これにより、エンジニアは「オオカミ少年」に惑わされることなく、本当に対応が必要なシグナルだけに集中できるようになります。
アンチパターン5:実行されないアクションアイテム
ポストモーテムでは根本原因も特定され、素晴らしい再発防止策がリストアップされました。
しかし、各タスクに明確な担当者と完了期限が割り当てられていなかったため、誰もが「誰かがやるだろう」と考え、結局ほとんどが手付かずのまま放置されました。そして、忘れた頃に同じ原因で障害が再発したのです。
教訓
ポストモーテムは、ドキュメントを作成して終わりではありません。特定されたアクションアイテムがすべて実行されて、初めて完結します。「計画」は「実行」されて初めて価値を生みます。
再発防止策
ポストモーテムで洗い出されたすべてのアクションアイテムを、JiraやRedmineなどのチケット管理システムで起票し、「担当者」と「完了期限」を必ず設定します。
これらのチケットを通常の開発タスクと同様に扱い、スプリント計画会議や定例会でその進捗を定期的にレビューする仕組みを構築します。これにより、改善策が確実に実行され、組織の学習サイクルが回り始めます。
まとめ
インシデント対応における失敗は、決して恥ずべきことではありません。むしろ、それらはシステムの信頼性を向上させるための最も価値ある情報源です。重要なのは、失敗を個人の責任で終わらせず、組織的な学びの機会へと昇華させるプロセスを確立することです。
今回紹介した5つのアンチパターンと再発防止策は、多くの現場で応用できるはずです。ご自身のチームのインシデント対応プロセスと照らし合わせ、改善のヒントとしてご活用ください。
まずは、次回のポストモーテムで、アクションアイテムをチケット化し、担当者と期限を明確にすることから始めてみてはいかがでしょうか。その小さな一歩が、組織全体の信頼性を高める大きな飛躍につながるはずです。