「eBPFは低オーバーヘッド」は本当か?その根拠を導入事例と共に解説
近年、クラウドネイティブ技術の文脈で「eBPF」という言葉を耳にする機会が急激に増えました。eBPFは、Linuxカーネルの動作を安全かつ動的に拡張できる革新的な技術です。
そして、その利点としてよく語られるのが、「低オーバーヘッド(CPUやメモリなど、ある処理を実行するために必要な本来の目的以外のリソース消費が少ない状態)」であるという点です。しかし、「その監視ツールであるeBPFプログラム自体は、どれくらいリソースを消費するのか?」という疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
この記事では、その疑問に答えるため、「eBPFプログラム自体がシステムに与える負荷(オーバーヘッド)は本当に低いのか?」というテーマに焦点を当てます。
eBPF自体のオーバーヘッドを計測する具体的な手法を紹介し、従来技術との比較を通じて、その優位性を定量的に示しますので、ぜひご覧ください。
eBPFパフォーマンス・オーバーヘッドの計測方法
eBPFのパフォーマンスを評価する最初のステップは、そのCPU使用率やメモリ消費量を正確に計測することです。幸いなことに、Linuxカーネルや関連ツールには、eBPFプログラムのパフォーマンスを計測するための機能が標準で組み込まれています。
ここでは、代表的な手法をいくつか紹介します。
基本的な計測方法(Linux標準ツール bpftool)
最も基本的な計測ツールは、Linuxカーネルに付属する「bpftool」です。これを使えば、現在システムで動作しているeBPFプログラムの情報を手軽に確認できます。
例えば、ターミナルでbpftool prog showコマンドを実行すると、各プログラムの実行時間や消費メモリといった統計情報が一覧で表示されます。まずはこのツールで、eBPFがシステムに与えている基本的な影響を把握することから始めると良いでしょう。
この機能の詳細は、Ubuntuオペレーティングシステムで使われるコマンドやプログラムの公式マニュアル「Ubuntu Manuals」の、以下のページにて解説されています。
Kubernetes環境での計測方法(Inspektor Gadget)
Kubernetes環境でeBPFのパフォーマンスを監視するには、Inspektor Gadgetが非常に強力です。これは、eBPFを利用してKubernetesクラスタ内の動作を可視化するツール群です。
特に便利なのがtop ebpfという機能で、どのeBPFプログラムがどれだけCPUリソースを消費しているかをPodやコンテナの単位で追跡できます。これにより、クラスタ全体でどのワークロードがeBPFの負荷に影響を与えているかを特定しやすくなります。
その機能と利用方法は、以下のInspektor Gadgetの公式ドキュメントに詳しく記載されています。
【補足】bpftool、Inspektor Gadgetを紹介する理由
eBPFの世界では、システムの動作分析を目的としたツール「bcc」や「bpftrace」が有名です。
しかし、これらのツールは前述の「bpftool」や「Inspektor Gadget」とは目的が異なりますので、本記事では取り扱わないものとします。
| ツール | 目的 | この記事での位置づけ |
|---|---|---|
bpftool,Inspektor Gadget | eBPFプログラム自体のパフォーマンス(オーバーヘッド)を計測する | 今回の主題 |
bcc,bpftrace | eBPFでシステムやアプリのパフォーマンスを分析・追跡(トレース)する | 主題とは異なる |
※ bccやbpftraceは、eBPFのオーバーヘッドを測るのではなく、eBPFという技術を「利用して」、アプリケーションの関数呼び出しやカーネルの動作といった「他のプログラムのパフォーマンスを分析する」ためのツールです
【事例で見る】 従来技術とのパフォーマンス比較
eBPFは、プログラム自体のオーバーヘッドが低いことに加え、システム全体のアーキテクチャをシンプルにします。そして、その結果としてトータルのオーバーヘッドを削減します。
その効果を、具体的な企業の事例やベンチマークを通じて見ていきます。
eBPF vs iptables(Facebook社の事例)
まず、Facebook社(現Meta社)が自社のロードバランサー「Katran」を開発した事例を見てみましょう。
以前のシステムは、Linux標準のコマンドラインツール「iptables」を基盤としていました。しかし、iptablesはルール数が増えるほど処理性能が低下するため、大規模なトラフィックを捌く上で深刻なボトルネックとなっていました。
eBPFの導入効果
そこでFacebook社は、iptablesをeBPFに置き換えた「Katran」を開発。eBPFがカーネル内で直接パケットを処理することで、iptablesが抱えていた性能劣化の問題を解決しました。
結果として、iptablesベースの旧システムと比較して、10倍以上のパフォーマンス向上を達成したと報告しています。
eBPF vs サイドカープロキシ(Istio、Google Cloudの事例)
次に、サービスメッシュの分野を牽引するIstioプロジェクトとGoogle Cloudの事例です。Istioに代表される従来のサイドカーモデルでは、各アプリケーションPodにプロキシを配置します。
この構成では、データがアプリケーションとプロキシの間を何度も行き来するため、コンテキストスイッチやデータコピーが頻発し、CPU・メモリ消費量とネットワーク遅延が大きくなるというオーバーヘッドが課題でした。
eBPFの導入効果
この課題を解決するため、IstioプロジェクトはeBPFを統合した新しいアーキテクチャ「アンビエントメッシュ」を発表しました。これは、通信制御をカーネル内で行うことでサイドカープロキシ自体を不要にするものです。
これにより、データパスが大幅に短縮され、システム全体のCPU・メモリ消費量とネットワークレイテンシを大幅に削減できるとしています。
eBPF vs カーネルモジュール(eBPF公式の事例)
最後に、eBPFの公式プロジェクトサイトであるeBPF.ioの解説から、運用リスクという観点での比較を見てみましょう。
カーネルモジュールは強力ですが、モジュール内のわずかなバグがシステム全体のクラッシュに直結しかねないという、安定性における致命的なリスクを抱えています。これは、運用管理における非常に大きなオーバーヘッドと言えます。
eBPFの導入効果
eBPFは、プログラムをロードする前に「ベリファイア」という検証機能が、ループの停止保証や不正なメモリアクセスの禁止など、プログラムの安全性を厳格にチェックします。これにより、カーネルの安定性を損なうことなく安全に機能を拡張できます。
結果として、カーネルモジュールが持つ運用上のリスクという名のオーバーヘッドを劇的に低減し、より安全で柔軟なシステム運用を可能にします。
【結論】eBPFプログラム自体のオーバーヘッドは、本当に低い
本記事では、「eBPFプログラム自体のオーバーヘッドは本当に低いのか?」という問いに答えるため、その計測手法と従来技術との比較を掘り下げてきました。
結論として、以下の2点が言えます。
- eBPFプログラム自体のオーバーヘッドはbpftoolなどで計測可能であり、その負荷は限定的である。
- eBPFは、iptablesやサイドカーといった従来技術が抱えていたアーキテクチャ上のオーバーヘッドを解消するため、システム全体としてより高いパフォーマンスを発揮する。
計測データが示すように、「eBPFは低オーバーヘッドである」という主張は、プログラム単体とシステム全体、両方の観点から真実であると言えるでしょう。
まとめ
もしあなたが日々の運用でパフォーマンスのボトルネックに悩んでいるなら、eBPFベースのソリューションがその解決策となるかもしれません。
まずは、ご自身のテスト環境でbpftoolを使い、そのオーバーヘッドが実用に耐えるレベルかを確認してみてはいかがでしょうか。