【AWS re:Invent 2025】基調講演2日目:エージェントAIの未来はここに
AWS re:Invent 2025とは?
AWS re:Invent 2025は、2025年12月1日~5日にかけて米国ラスベガスとオンラインにて開催される、AWS主催の世界最大級クラウドコンピューティングカンファレンスです。
本イベントでは、世界中のクラウドコミュニティが一堂に会し、未来を築くための最新技術や専門家によるセッション、そして多彩なネットワーキングの機会が提供されます。
AWSのリーダーたちがクラウドの未来を形作る最新の発表やビジョンを共有する「基調講演」、AWSヒーローやコミュニティリーダーが主導する60以上の「学習セッション」や300社以上が出展するExpoを通じて、実践的な知識とスキルを深めることができます。
セッション概要
基調講演では、AIエージェント開発を加速する新サービスが多数発表されました。
本記事では、日々の安定稼働とセキュリティに責任を持つシステム運用監視、SecOps、SRE、AIOpsに携わるエンジニアの皆様に向けて、皆さんの業務に関連性の高い発表を厳選し、その要点を解説します。
※各基調講演で発表された内容は、こちらの公式ブログに随時アップデートされます
※AWSの発表内容の完全なリストは「AWSの最新情報」をご覧ください
| セッション番号 | KEY002 |
|---|---|
| セッション名 | The Future of Agentic AI is Here(エージェントAIの未来はここに) |
| セッション概要 | Agentic AIが私たちの生活や仕事にどのような変革をもたらすのかを解説します。 この基調講演では、AWS上で安全で信頼性が高く、スケーラブルなエージェントを構築、デプロイ、運用するために使用できるツールとサービスについてご紹介します。 また、エージェントシステムを支えるエンジニアリングのイノベーションについても深く掘り下げ、未来像を垣間見ることができます。 |
| 登壇者 | Dr. Swami Sivasubramanian氏( AWS Agentic AI社|VP) William Brennan氏(Blue Origin社|Vice President of Technology Transformation) Guillermo Rauch氏(Vercel社|CEO and Founder) Colleen Aubrey氏(AWS Applied AI Solutions|Senior Vice President, ) Byron Cook氏(AWS社|Vice President, Distinguished Scientist, Automated Reasoning Group, ) |
【新発表】DevSecOpsの新たな相棒「フロンティアエージェント」
本イベントの開幕基調講演にてAWS CEOのMatt Garman氏が発表し、大きな注目を集めた「フロンティアエージェント」(参考:開幕基調講演のレポートはこちら)。
2日目に行われた本基調講演では、フロンティアエージェントの技術的な位置づけや具体的な価値が、より深く語られました。フロンティアエージェントの最大の特徴は、「永続的」かつ「大規模スケーラブル」である点です。
これにより、フロンティアエージェントは人間の介入や指示を必要とせずとも、数時間から数日にわたって与えられたゴールを自律的に追求し続けることができます。
| フロンティアエージェント | 運用・セキュリティ担当者にとっての価値 |
|---|---|
| AWS DevOps Agent | 監視ツール(CloudWatch, Datadog, New Relic等)やCI/CDパイプラインと連携。問題発生時にオンコールアシスタントとして初期トリアージを行い、Runbookを実行します。 将来的にはプロアクティブな障害防止も担い、アラート疲れを劇的に削減する可能性を秘めています。 |
| AWS Security Agent | 設計書レビュー、コードの脆弱性スキャン、ペネトレーションテストの加速などを通じ、シフトレフトを強力に推進します。 企業のセキュリティポリシーに基づいた具体的なガイダンスを提供し、開発の初期段階からセキュリティを確保します。 |
エージェント開発・運用のコア技術
フロンティアエージェントのような高度なAIを、より簡単に構築・運用するためのコアとなる技術群が発表されました。
【アップデート】開発を加速させる「Strands agents SDK」
エージェント開発を最小限のコードで実現するオープンソースのSDK「Strand」に、2つの重要なアップデートが発表されました。
| アップデート | 詳細 |
|---|---|
| TypeScriptサポート | 世界で最も人気のあるプログラミング言語の一つであるTypeScriptに対応し、より多くの開発者がエージェント開発に参加できるようになります。 |
| エッジデバイスサポート | 自動車、ゲーム、ロボティクスといったエッジデバイス上で、自律的なAIエージェントを実行可能になります。 |
Strands agents SDKは、DevOps Agentなど、あらゆるエージェントを構築するための基礎(土台)です。
この土台が強化されることで、その上に立つすべてのエージェント(AWS製であれ、自社製であれ)の信頼性と適用範囲が広がり、結果として我々のシステム運用全体の高度化に繋がる、重要なアップデートと言えます。
【新機能】経験から学習する「Episodic Memory」
AIエージェントを安全かつ大規模に構築・運用するためのプラットフォーム「Amazon Bedrock Agent Core」に、新機能「Episodic Memory」が追加されました。
これは、エージェントが過去の操作や対話の「エピソード」を記憶する能力です。これにより、例えば「前回このアラートが発生した際は、この手順で復旧に成功した」といった経験則を学習し、より賢く、状況に適応した対応が可能になります。
この機能は、AIOpsの実現において、より文脈を理解した自動化に貢献します。
【一般提供開始】APIがないシステムを自動化する、Amazon Nova Act
多くの運用現場で課題となる、APIが提供されていないレガシーシステムやSaaSのGUI操作。この手作業によるオペレーションミスや工数を劇的に削減する「Amazon Nova Act」の一般提供開始(GA)が発表されました。
Nova Actは、UI操作の自動化において信頼性が90%(与えられた業務ワークフローを100回試行した際、90回は最初から最後まで完全に成功させる)という高い性能を誇ります。
そしてその秘密は、学習方法の根本的な違いにあります。
「お手本の模倣」から「勝ち筋の自律学習」へ
ソフトウェアロボットがPC上の定型業務を自動化する従来の技術「RPA」などは、「模倣学習」という手法を採用しています。模倣学習は人間のお手本操作を録画・再生するようなもので、ボタンの位置が少しでも変わると失敗する「脆さ」が課題でした。
一方、Nova Actが採用する「強化学習」という手法は、全く異なるアプローチを取ります。まず、SalesforceなどのCRMや勤怠・給与管理などを行うHRシステムといった各環境ごとに、本番そっくりな練習環境(ジム)を用意。
その中でエージェントは「この顧客の返金処理を完了せよ」といった目的(ゴール)を与えられ、達成のためにトライアンドエラーを繰り返します。(例:顧客検索フォームに正しく入力できたら成功、関係ないボタンをクリックしたら失敗)
このプロセスを何十万回と繰り返すことで、エージェントは単なる操作手順ではなく、ゴールを達成するための柔軟な「戦略」や「勝ち筋」そのものを学習します。
| 項目 | 模倣学習(従来のRPA) | 強化学習(Nova Act) |
|---|---|---|
| 学習方法 | 人間の「お手本」を録画・再生 | 報酬を最大化するために、自ら試行錯誤 |
| 成果物 | 固定的な操作手順のシーケンス | 柔軟な「戦略」や「方策」 |
| 柔軟性 | 低い(UIが少しでも変わると失敗) | 高い(ボタンの文言などを認識し、位置が変わっても対応) |
この学習方法の違いこそが、Nova Actが変化に強く、高い信頼性を実現できる理由です。
【参考】SREや運用チームでの活用
SREや運用チームは、これまで自動化を諦めていた、GUI操作を、信頼性の高いエージェントに安心して任せられるようになります。参考までに、以下のような自動化が考えられるでしょう。
- 監視アラートをトリガーにしたITSMツールへの手動起票
- ベンダーのWebポータル上での証明書更新
- APIが提供されていない旧式の管理画面からのリリース作業
【技術解説】エージェントに「信頼」を実装
エージェントに自律的な権限を渡す上で最大の懸念は「信頼性」と「セキュリティ」です。本講演では、そのための先進的な技術が紹介されました。
AWSの科学者Byron Cook氏が解説したのが、LLMの統計的な振る舞いと、数学的な正しさを保証する「自動推論」を組み合わせた「ニューロシンボリックAI(Neuro-Symbolic AI)」です。
これは「本番環境のリソースに対する更新操作は禁止する」といったポリシーを数学的に検証可能な形式に変換し、エージェントが意図しない危険な操作を行うことを確定的にブロックします。
これは、SecOps担当者にとって、監査可能で信頼性の高いガードレールを実装する上で有効でしょう。
安定稼働と効率化を支える新機能
【新機能】チェックポイントレス・トレーニング「SageMaker HyperPod」
AIOpsを高度化するため、自社データでAIモデルを再学習させる際、その安定性は運用上の大きな課題でした。
何百ものGPUで数日間かかる大規模な学習中に、たった1台でもハードウェア障害が起きると、学習は完全に停止。復旧には、数時間前に保存したセーブポイント(チェックポイント)まで処理を巻き戻す必要があり、多大な時間とコストが無駄になっていました。
今回発表された「SageMaker HyperPodにおけるチェックポイントレス・トレーニング」は、この問題を根本から解決する画期的な耐障害性機能です。
この機能は、障害を自動検知すると、学習を停止させることなく、わずか数分で正常なハードウェアに処理を自動で引き継ぎます。これにより、高価なAIアクセラレータのアイドルタイムと計算のやり直しがほぼゼロになり、これまで「非常に脆く高価だったプロセス」だったAIモデルのトレーニングを、「堅牢で手のかからないもの」へと変革します。
【新機能】モデルカスタマイズの民主化「Bedrock/SageMaker」
AIOpsで利用するAIモデルは、汎用的なままでは現場の複雑なログやメトリクスのパターンを正確に理解できません。しかし、自社のデータでモデルをカスタマイズ(ファインチューニング)するには、これまで高度な専門知識と多大なコストが必要でした。
今回発表されたBedrockとSageMakerの新機能群は、この課題を解決します。
自然言語で指示するだけで、AIが最適な学習手法を提案し、モデルのカスタマイズを自動で実行してくれるため、AIOps担当者は機械学習の専門家でなくとも、より少ない手間とコストで、自社の環境に特化した高精度なAIモデルを育てられるようになります。
【Ops Today考察】 なぜ、数学者が登壇したのか?
本記事はシステム運用者向けの内容に絞っていますが、今回の基調講演では先進的なユーザー企業や顧客対応AIの責任者が登壇しています。
しかし、今回の基調講演で、筆者が最も意外だったのは、LLMの専門家ではなく、数学的論理でシステムの正しさを証明する「自動推論」の権威、Byron Cook氏が登壇した点です。(Byron氏の経歴はこちら)
これは、「AIエージェントの信頼性を高めたい」という課題に対し、付け焼き刃の機能ではなく「コンピュータサイエンスの深い知見からアプローチしている」という、AWSからの力強いメッセージのように、筆者は受け取りました。
「AIはハルシネーションを起こす(時々嘘をつく)」という課題は、PoCでは許容されても、本番システムの運用では致命的な問題です。
「ニューロシンボリックAI」という難解な言葉の裏には、「たとえAIが間違った指示を出そうとしても、数学的に定義されたガードレールで、確定的にブロックする」という、運用現場の我々が安心できる思想があります。
AWSは、AIの創造性を活かしつつ、その振る舞いを予測可能にするという、非常に困難な課題に正面から挑んでいるのだと感じました。
まとめ
今回のSwami氏の基調講演で発表された一連のツールやサービスは、日々の運用業務からトイル(手作業)を削減し、エンジニアがより創造的で、本質的な問題解決に集中するための時間を与えてくれるものになりそうです。
本記事が少しでも参考になれば幸いです!
なお、本記事は基調講演の内容から、システム運用監視、SecOps、SRE、AIOpsに携わるエンジニアの皆様に向けて、関連性の高い情報のみを厳選して解説しています。
