
プロビジョニングとデプロイ ─インフラエンジニアが知っておくべき基本
インフラ環境の構築や運用に携わっていると、プロビジョニング と デプロイ という言葉をよく耳にしませんか。時折これらの使い分けを誤っている方がいます。
この2つの概念をしっかり理解することは、実はプロジェクトの成否を分ける重要なポイントになります。本記事にて、この似て非なる2つの概念について、現場のリアルな視点からお話していきます。
プロビジョニングとデプロイの定義と役割
プロビジョニングとは?
プロビジョニングとは、簡単に言えば ”必要なリソースを用意すること” です。具体的には、サーバーやストレージ、ネットワークなどのインフラリソースを確保し、基本的な設定を行うプロセスを指します。
例えば、新しいWebアプリケーションのためのインフラ環境が必要になったケースの場合、以下の様なことを行います。
- 仮想マシンの作成
- ストレージの割り当て
- ネットワーク設定
- OSのインストールと基本設定
- セキュリティ設定
つまり、プロビジョニングは「土台作り」のようなものです。家で言えば、基礎工事から骨組みを作る段階と似ています。
デプロイとは?
一方、デプロイとは「アプリケーションやサービスを実行環境に配置すること」を意味します。プロビジョニングで整えた環境に、実際に動作させるアプリケーションやミドルウェアを導入する工程です。
先ほどの例の、新しいWebアプリケーションのためのインフラ環境が必要になったケースで考えた場合、以下の様なことを行います。
- アプリケーションコードの転送
- 必要なライブラリのインストール
- 設定ファイルの配置
- サービスの起動と動作確認
家の例えで言うなら、骨組みができた家に、家具や電化製品を設置して実際に住める状態にするようなものととらえてもらえればと思います。
両者の違いを理解するための基本知識
次に、具体的な違いを掘り下げていきましょう。
タイミングの違い
プロビジョニングは通常、デプロイの前に行われます。論理的に考えても、アプリケーションを配置する場所が先に必要です。
ただし、CI/CDパイプラインなどでは、この2つのプロセスが連続して自動化されていることも多いため、混乱を招くことがあります。特にノーコードツールや、CI/CD運用が固まった環境だけで育った新人エンジニアが特に多いです。
対象となるリソースの違い
- プロビジョニング:主にハードウェアやインフラストラクチャレベルのリソース
- デプロイ:主にソフトウェアやアプリケーションレベルのリソース
責任者の違い
組織によって異なりますが、一般的には以下の様に定義されます。
- プロビジョニング:インフラチームやクラウドエンジニア
- デプロイ:開発チームやDevOpsエンジニア
ただ、最近ではDevOpsの普及により、この境界線は曖昧になってきています。インフラもコードで管理するという考え方が広まり、両方のスキルを持つエンジニアの需要が高まっています。
プロビジョニングが重要なシナリオと成功例
DevOpsによってプロビジョニングとデプロイの境界線がなくなってきましたが、切り分けておくことが必要な場合があります。プロビジョニングが特に重要になるシナリオをいくつか見ていきます。
大規模なインフラ環境の構築
クラウド環境で数十、数百のサーバーを一度に立ち上げる場合、手動での設定は現実的ではありません。ここでIaC(Infrastructure as Code)ツールを活用したプロビジョニングが威力を発揮します。
実際に私が担当したプロジェクトでは、TerraformとAnsibleを組み合わせることで、100台以上のサーバー環境を3日で構築できました。手動の場合は2週間かかる見積でした。
ディザスタリカバリ対策
障害発生時に素早く環境を復旧するためには、プロビジョニングの自動化が不可欠です。
例えば、あるEC企業では、CloudFormationのテンプレートを活用することで、障害発生から45分以内にサービスを復旧できる体制を整えています。これは顧客満足度に直結する重要な指標となっています。
マルチクラウド戦略の実現
複数のクラウドプロバイダーを使い分ける企業にとって、統一的なプロビジョニング手法は必須です。
ある企業では、Terraformを活用してAWSとAzureの両環境に同じ構成のインフラを展開しています。ベンダーロックインを避けつつ、コストとパフォーマンスを最適化しています。
デプロイで注意すべき課題と解決策
デプロイはアプリケーションを実際にユーザーが使える状態にする重要な工程です。しかし、いくつか課題も存在します。
ダウンタイムの最小化
特に24時間365日の稼働が求められるサービスでは、デプロイによるダウンタイムは大問題です。
解決策としては、ブルー/グリーンデプロイメント、カナリアリリース、A/Bテストなどがあります。
私が関わったサービスでは、ブルー/グリーンデプロイを導入したことで、ダウンタイムゼロのリリースを実現しました。「サービス停止のお知らせ」がなくなって、運用担当者の心理的負担も大幅に減りましたよ。
ロールバックの準備
デプロイ後に問題が発見された場合、迅速に元の状態に戻す必要があります。
解決策としては、自動ロールバック機能の実装、前バージョンの保持、デプロイ履歴の管理などがあります。
ロールバックが実装されていないシステムを何度か見かけてきました。本番環境で緊急事態が発生した時こそ、事前の準備がとても重要です。自身が寝ていてもシステムは動いていて障害が発生する可能性は0ではありません。私が担当していたシステムでも夜間にロールバックされて障害を最小限に抑えられていたことがあります。
環境差異の問題
開発環境ではうまく動いたのに本番ではエラー、という環境差異の問題は、エンジニアの悩みの種です。
解決策として、コンテナ技術の活用、環境設定の外部化、構成管理ツールの活用などがあります。
Dockerを使って開発環境と本番環境を一致させることで、この問題は大幅に軽減できます。
効率的な運用を実現するための統合ツール
プロビジョニングとデプロイを効率化するためのツールは数多く存在します。ここでは代表的なものをご紹介します。
プロビジョニングツール
Terraform | クラウド環境横断でインフラをコード化できる強力なツールです。HCL(HashiCorp Configuration Language)という独自言語を使用しますが、比較的学習しやすく、構文もシンプルです。 |
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CloudFormation/Azure Resource Manager | クラウド環境横断でインフラをコード化できる強力なツールです。HCL(HashiCorp Configuration Language)という独自言語を使用しますが、比較的学習しやすく、構文もシンプルです。 |
Pulumi | 各クラウドプロバイダー専用のプロビジョニングツールです。特定のクラウドに集中している場合は、これらのネイティブツールが使いやすいと思います。 Terraformと似ていますが、TypeScriptやPythonなどの一般的なプログラミング言語でインフラを定義できる点が特徴です。 |
デプロイツール
Jenkins | 老舗のCI/CDツールですが、今でも多くの企業で利用されています。プラグインが豊富で、さまざまなユースケースに対応できます。 |
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GitHub Actions | GitHubと統合されたCI/CDツールで、比較的新しいですが、使いやすさと柔軟性で人気を集めています。 |
ArgoCD | Kubernetes環境向けの継続的デリバリーツールです。GitOpsモデルを採用しており、Kubernetes環境でのデプロイに強みがあります。 |
統合ツール
Ansible | サーバー設定管理ツールとして知られていますが、プロビジョニングからデプロイまでカバーできる汎用性があります。 |
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Spinnaker | Netflixが開発したマルチクラウド対応のデプロイプラットフォームです。複雑なデプロイパイプラインを視覚的に管理できます。 どのツールを選べばいいのかは、組織の規模、技術スタック、チームのスキルセットなどを考慮して選択する必要があります。 |
プロセスの最適化で得られる効果
最後に、プロビジョニングとデプロイのプロセスを最適化することで得られる効果について考えてみましょう。
スピードの向上
自動化されたプロビジョニングとデプロイにより、環境構築からアプリケーションリリースまでの時間が大幅に短縮されます。この自動化によりリリースサイクルが2週間から2日に短縮されることもあります。
一貫性と再現性の確保
「コードとしてのインフラ」アプローチにより、環境の一貫性が保証されます。「この環境だけなぜか動かない」といった謎の現象が減少し、トラブルシューティングの時間短縮にもつながります。
チーム間のコラボレーション強化
プロビジョニングとデプロイのプロセスが明確化されることで、インフラチームと開発チームの連携が改善されます。「インフラの準備ができていない」「アプリケーションの要件が不明確」といった相互不満が減少します。
コスト削減
効率的なリソース管理と自動化により、無駄なリソースの削減やエンジニアの工数削減が実現します。クラウドリソースの最適化により、年間のインフラコストを約30%削減させることも可能です。
まとめ
プロビジョニングとデプロイ、この2つのプロセスを理解し、最適化することは、現代のITインフラ管理において非常に重要です。これらの概念をきちんと区別し、それぞれに適したツールと方法論を活用することで、より効率的でスケーラブルなシステム運用が可能になります。
小さなプロジェクトからでも、ぜひIaCツールやCI/CDパイプラインを導入してみてください。最初は大変かもしれませんが、会社だけではなく、個人としての経験値としてとても有意義なものになります。