クラウドのリスクアセスメントとは?|プロセスやベストプラクティスも紹介
近年、『クラウドファースト』の考え方が普及したことで、多くの企業でクラウドを活用したサービスの利用が広がっています。その一方で、オンプレミスの利用時には見られなかった新たなリスクも発生しています。
企業はクラウドを利用する中で、そのリスクとどう向き合っていけばいいのでしょうか。この記事では、クラウドの観点からリスクアセスメントがどういったものか、実施のプロセスやベストプラクティスについても紹介します。
クラウドサービス利用時に考慮すべきリスクとは?
ここでは、クラウドサービス利用時に発生が懸念されるリスクを紹介します。
サイバー攻撃
クラウドサービスの利用に伴い、データの安全性を脅かすサイバー攻撃のリスクが増加しています。具体的には、データ漏洩や不正アクセス、マルウェアやランサムウェア、さらにフィッシング攻撃などが挙げられます。
これらの攻撃によって、企業が管理する重要な情報や顧客データが第三者に流出するリスクが生じ、企業の信用を損なう可能性も少なくありません。クラウド上のデータは、利便性と共にセキュリティが脆弱になるケースがあり、こうしたリスクは企業のデータ管理体制にとって非常に重大な課題となっています。
実際の事例として、ある大手メーカーはサイバー攻撃を受け、防衛関連の約2万件の情報が流出したと公表しています。その中には、安全保障に関わる情報も含まれており、同社は再発防止に向けたセキュリティ基準の見直しを表明しました。
また、同社の報告によると以前にも、クラウドサービスへの不正アクセスにより、取引先の口座情報などが流出していたことも報告しております。この不正アクセスは、同社の子会社が利用していたクラウドサービスのアカウント情報が窃取され、取引先情報が漏えいしたことによるものでした。
サービス停止・可用性
クラウドサービスを利用する際に避けられないリスクの一つに『サービス停止』や『可用性の低下』もあります。
クラウドの利便性は高い一方で、クラウドプロバイダー側で障害が発生した場合には、利用しているシステム全体に大きな影響を及ぼす可能性があります。
例えば、プロバイダーが提供するデータセンターにおける停電やサーバーの不具合などが発生すると、一時的にクラウドサービスへのアクセスが遮断され、業務の進行が妨げられるリスクがあります。これにより、企業活動に支障をきたし、顧客対応が遅れるなど、業務上の損失につながることもあります。
さらに、自社のシステム側に発生する障害も、クラウド利用時の大きなリスク要因の一つです。
社内ネットワークやインターネット接続に問題が生じた場合、クラウド上のデータやアプリケーションにアクセスできなくなる可能性があり、業務が中断されることが考えられます。たとえクラウドプロバイダーが問題なく稼働していても、自社のインフラ面でのトラブルが原因で利用できなくなることもあり、業務の効率や顧客満足度に大きな影響を与えることが懸念されます。
このように、クラウドの可用性を確保するためには、さまざまな障害リスクに対する適切な備えが必要です。
コンプライアンスや法的要件
クラウドを利用していく中で、『コンプライアンスや法的要件の遵守』も避けられないリスクのひとつです。
クラウド上でデータを管理する場合、そのデータがどの国のデータセンターに保存されているかが問題となり、特に国際的に事業を展開する企業にとっては重要です。
例えば、データが海外に保存されている場合、その国の法規制が適用されるため、データの取り扱い方法や保護義務に影響を受ける可能性があります。欧州連合(EU)のGDPRや米国のCLOUD法など、地域ごとに異なる法規制が存在するため、これに違反すると大きな罰則や業務停止に繋がるリスクもあります。
また、データの所在に関する要件も、クラウド利用における法的リスクの一つです。国内外で異なるデータ保護基準に対応する必要があり、特に個人情報や機密情報を取り扱う場合、厳格なコンプライアンス管理が求められます。
クラウドサービスが提供するデータセンターの位置や運用体制によっては、自社のセキュリティ基準や法的な要件を満たさない可能性もあり、リスク管理が不可欠です。
クラウドにおけるリスクアセスメントの概要
このようなリスクが実際に発生してから対応すると、企業の事業継続に大きな影響を与える可能性があります。そのため、事前に『リスクアセスメント』を行い、リスクに対してどのような対処を行うのかを決めておく必要があります。
ここでは、リスクアセスメントについて紹介します。
リスクアセスメントとは
リスクアセスメントとは、企業や組織が直面するさまざまなリスクを特定・評価し、その影響を把握するためのプロセスです。リスクマネジメントの一環として行われ、業務を安定して運営するために欠かせない要素とされています。このアセスメントにより、潜在的な脅威や脆弱性が明らかになり、リスクに対する適切な対応策を講じるための土台が築かれます。
リスクアセスメントは、セキュリティ管理においても特に重要とされており、米国国立標準技術研究所(NIST)をはじめとする各国の標準化団体がガイドラインを発表しています。NISTのガイドラインには、リスクの洗い出し、評価基準の設定、対応策の策定といった手順が含まれており、クラウドサービスなど高度にデジタル化が進む環境においても適用可能な指針が示されています。
こうした基準に基づいたリスクアセスメントを実施することで、企業はリスクに対する客観的な視点を得られ、適切なリスク管理の実現が可能となります。
企業がリスクアセスメントをする理由
企業はリスクアセスメントをなぜ行わなくてはならないのでしょうか?その理由は、リスクの可視化と優先順位付けにあります。
リスクアセスメントを実施することで、企業は抱えているリスクを具体的に把握し、それぞれの影響や発生可能性を明確にできます。可視化されたリスクは、関係者間での認識を統一し、リスク管理の重要性を共有するための第一歩となります。
さらに、リスクアセスメントを通じてリスクの優先順位をつけることができ、限られたリソースを最も重要な対策に集中させることが可能です。例えば、ビジネス継続に重大な影響を与えるリスクには早急に対応し、比較的影響が少ないリスクは後回しにすることで、効率的なリスク管理を実現できます。
このように、リスクアセスメントは企業にとって欠かせないプロセスであり、リスクを適切に管理するための基盤を構築する手段です。
クラウドにおけるリスクアセスメントのプロセスとは
リスクアセスメントについて紹介しましたが、実施するためにはどのようなプロセスが必要なのでしょうか。ここでは、クラウドでのリスクアセスメントのプロセスを4つの段階に分けて説明します。
事前準備
クラウドにおけるリスクアセスメントのプロセスの第一歩は、事前準備をしっかりと整えることです。事前準備では、リスク基準と情報資産の洗い出しが中心となります。
まず、リスク基準とは、リスクを評価する際に基準として設定する値のことで、リスクに対する対応策の優先順位を決める際の判断基準にもなります。具体的には、情報の機密性、完全性、可用性といった観点からリスクを評価する基準を策定します。
また、対象とする情報資産が持つ脆弱性や脅威の深刻度を明確にすることで、リスクの深刻さに応じた対応方針を決めやすくなります。
次に、リスクアセスメントに欠かせない情報資産の洗い出しを行います。クラウド環境で扱うファイルやデータベース、コンピュータやサーバ、使用するソフトウェアや人的資産、無形資産、さらに外部サービスなど、組織に関連する全ての情報資産を棚卸しし、情報資産台帳としてまとめます。
このような事前準備を徹底することで、リスクアセスメントの精度が向上し、適切なリスク管理の土台を構築することが可能となります。
リスク分析
つづいて、リスク分析について紹介します。ここでは、分析する情報資産のリスクの大きさを評価し、その影響の程度を見極めます。
この段階には『リスク特定』と『リスク算定』が含まれ、それぞれのリスクがもたらす影響を定量的または定性的に判断します。リスクを把握し、数値化することで、対策の優先度を明確にすることが可能になります。
リスク分析の手法には、ベースラインアプローチ、詳細リスク分析、組合せアプローチ、非形式的アプローチなどがあり、目的や状況に応じて最適な方法を選択することが求められます。例えば、ベースラインアプローチでは基準に基づいてリスクを測定し、詳細リスク分析では深掘りして個別にリスクを評価します。
これらの手法を使い分けることで、リスク分析の精度を高め、効果的なリスク対策が立てやすくなります。さらに、分析結果に基づきリスクごとの優先順位を設定することで、限られたリソースを最も重要なリスクに集中させ、対策の効率化が図れます。
リスク評価
リスク評価は、リスクが許容範囲内に収まっているかを判断するプロセスで、リスク分析の結果を基準と照らし合わせて評価する段階です。
基準は、受容可能なリスクレベルを設定しており、この基準を超えるリスクレベルが検出された場合には、優先的にリスク対応を実施する必要があります。
この評価段階を通じて、特定のリスクが業務やセキュリティにどの程度の影響を及ぼす可能性があるかを明確にし、リスク管理の方向性を決定するのです。
例えば、とあるシステムに対してリスク分析の結果を基に評価を行い、機密性・完全性・可用性の3つの観点からリスクレベルを判定します。その中で、可用性に関するリスクが受容範囲を超えていると判断された場合、業務の中断やサービスの停止などが発生する可能性があるため、優先的に対応策を講じる必要があると結論づけます。
このように、リスク評価を通じて、リスクの重大度に基づき、どのリスクから対応すべきかを明確にすることで、効果的なリスク管理が実現できるのです。
リスク対応とリスクコミュニケーション
リスクアセスメントの段階が完了したら、『リスク対応』と『リスクコミュニケーション』を行います。
リスク対応は、リスクアセスメントで実施した『リスク分析』と 『リスク評価』の結果に基づき、対応方針を決定するプロセスです。
この対応には、『リスク低減』『リスク回避』『リスク保有(リスク受容)』『リスク共有』の4種類があり、リスクの発生頻度や影響の大きさ、予算などを考慮して、最適な対策が選ばれます。例えば、リスク低減では対策を講じることでリスクの発生確率や影響を最小限に抑え、リスク共有では保険や委託業者などとリスクを分担するなど、企業の状況に応じた柔軟な対応が求められます。
さらに、リスク対応後にはリスクに関する情報を組織内で共有する『リスクコミュニケーション』を行います。このコミュニケーションにより、関係者がリスクの現状や発生確率、時代の変化に伴うリスクの性質について共通理解を持つことができ、迅速かつ適切な意思決定が可能となります。
リスク対応とコミュニケーションを効果的に行うことで、組織全体でリスク管理を徹底し、長期的なセキュリティ戦略の実現を支援します。
クラウドにおけるリスクアセスメントのベストプラクティスとは
クラウド環境でのリスクアセスメントを効果的に行うには、リスクの特定や評価にとどまらず、実践的なベストプラクティスを活用することが重要です。
ここでは、クラウド特有のリスクに備えるためのベストプラクティスについて紹介します。
標準化されたフレームワークの利用
クラウド環境でリスクアセスメントを適切に実施するには、標準化されたフレームワークを活用することが効果的です。例えば、NIST(米国標準技術研究所)のリスク管理フレームワークや、ISO/IEC 27001などの国際規格は、リスクの特定、評価、対応、モニタリングなどのプロセスを体系的に支える指針を提供しています。これにより、組織全体で一貫性のあるリスク対応が可能となり、抜け漏れのない管理体制が整えられます。
また、これらのフレームワークの導入に加えて、クラウド環境に適した社内規定や要領などを策定・改訂することも重要です。クラウド特有の特性や法的要件に合わせた基準や方針を定めることで、組織全体で一貫したリスク評価と対応が可能になります。
フレームワークと社内規定を併用することで、企業は全体的な視点からリスクアセスメントを構築し、クラウド特有の予期せぬリスクにも柔軟に対応できる体制を確保できます。
従業員の教育とトレーニング
従業員に向けての教育や訓練などのトレーニングも非常に効果的な手段です。
リスクは、特定の担当部署のみならず、組織全体の関係者が当事者意識を持つことが重要です。そのため、リスクに対する認識を全従業員で共有し、責任感を持つことで、組織全体で効果的なリスク対応が可能になります。
特にクラウド環境では、個々の操作ミスや注意不足が予期しないリスクに発展する可能性があるため、従業員がリスク管理に主体的に関わる意識を持つことが不可欠です。例えば、データの適切な取り扱いやアクセス管理に関する基本的なルールを徹底することで、リスク低減が期待できます。
教育やトレーニングを通じて全従業員がリスクアセスメントに貢献する意識を高めることで、組織全体の信頼性が一層向上します。
定期的な監査とテスト
クラウド環境でリスクアセスメントを効果的に活用し続けるには、定期的な監査とテストが欠かせません。
ペネトレーションテストや脆弱性スキャンなどの技術的なチェックを行うことで、クラウド内で管理する資産が期待どおりの耐性を持ち、安定的に運用されているかをチェックします。これにより、特定の領域における潜在的なリスクや改善点を事前に見つけ出し、リスク評価基準に基づいた計画的な対策を進めることができます。
さらに、リスクアセスメントを効果的に運用するためには、PDCAサイクル(計画、実行、確認、改善)を継続的かつ定期的に回していくことも必要です。監査やテストの結果を基にリスク管理体制を見直し、対応策を実施することで、組織は変化するリスクに対して柔軟かつ迅速に対応できます。
こうした取り組みにより、クラウド利用におけるリスク管理全体の水準を高めることが可能になります。
まとめ
この記事では、クラウドの観点からリスクアセスメントがどういったものか、実施のプロセスやベストプラクティスについても紹介しました。
クラウド環境におけるリスクアセスメントは、企業が安心してクラウドサービスを利用するために欠かせないプロセスです。本記事で紹介したように、クラウド利用にはサイバー攻撃やサービス停止、法的要件の遵守など、多様なリスクが伴います。これらのリスクに対し、事前にリスクアセスメントを実施し、リスクの特定・評価・対応を行うことで、企業は安定した事業運営と顧客からの信頼確保が可能になります。
さらに、標準化されたフレームワークの活用や従業員教育、定期的な監査やテストの実施も、リスクアセスメントの効果を高める重要な要素です。リスクアセスメントを継続的に運用することで、企業は競争力を強化し、クラウド時代における持続的な成長を支える力となるでしょう。
リスクアセスメントについてこの記事が、参考になりましたら幸いです。