クラウド運用のよくある課題とその解決策
近年、インターネット技術の進化と共にクラウドの普及も広まり、多くの企業でオンプレミスからクラウドへの移行が進められています。しかし、実際に導入するとさまざまな課題に直面し、クラウドのメリットが感じられないと思う方も多いのではないでしょうか。
本記事では、クラウド運用によくある課題と具体的な解決策について解説します。クラウドの基本知識や運用するメリットについても解説しているので、クラウド運用にお悩みの方はぜひ参考にしてください。
クラウド運用の基本知識と現状
はじめに、クラウドの特徴と国内の利用状況について見ていきましょう。
クラウドとオンプレミスの違い
オンプレミスとは、自社でサーバーやネットワーク機器を購入し、それらを社内やデータセンターに設置して運用する方法です。要件に合わせて自由にカスタマイズできるほか、高セキュリティな環境でデータを管理できます。ただし、初期導入時にハードウェアやソフトウェアの購入費用が発生し、設備を維持する運用コストもかかります。
一方、クラウドはインターネットを介し、クラウドベンダーが提供するサービスを利用する方法です。導入時は物理的な機材を揃える必要がなく、月額のランニングコストのみで利用できます。また、システム規模の変化に応じてリソースの追加・削除が自由に調整できるため、いつでも最適なコストで運用が可能です。
国内におけるクラウド利用の動向
クラウドサービス市場は、全世界で急速な拡大を見せており、これは日本においても同様です。総務省の「令和6年版 情報通信白書の概要」に掲載された「国内パブリッククラウドサービス市場予測、2024年~2028年」によると、2023年のパブリッククラウドサービスの市場規模は3兆1,355億円で、前年比25.8%増の伸びを見せています。この波は今後も続くことが予想されており、2028年には市場規模が約6.5兆円に達すると見込まれています。
出典:総務省ホームページ (https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r06/html/nd218200.html)
クラウド運用が企業にもたらすメリット
クラウド運用は、企業にさまざまなメリットをもたらしてくれます。ここでは、主なメリットを4つ解説します。
● 導入コストの削減
● 生産性向上
● データの安全性確保
● 最新技術の活用
導入コストの削減
クラウド運用は、導入時に物理的なサーバーや周辺機器を購入する必要がなく、登録するだけですぐに始められます。オンプレミスだと、規模にもよりますが、機材の購入だけで10~数100万程度かかりますが、クラウドはそれらが一切不要です。料金体系は利用量や利用時間に応じた「従量課金モデル」が通常で、無駄なコストを発生させない運用が可能です。
また、クラウドは短期間で運用が始められる点も大きなメリットです。オンプレミスは要件定義から設計、テスト、運用までのプロセスが多く、導入までに半年以上かかるケースも少なくありません。しかし、クラウドサービスは形が決まった中でシステム構築を行うため、スムーズに導入を進められます。
生産性向上
クラウドは、インターネット環境があればどこからでも接続できて、リモートワークツールとして利用可能です。DaaS(仮想デスクトップサービス)を導入すれば、いつでもクラウド上で個人のデスクトップ環境が再現され、オフィス内と同じ環境で業務を行えます。
また、DaaSによる業務基盤のクラウド化は、システム管理者にとっても大きなメリットです。これまで個々の端末に実施していたインストールやセキュリティ対策が不要になり、一つのプラットフォーム上で統合管理できます。これにより、運用管理にかかる負担が削減され、生産性向上が期待できます。
データの安全性確保
企業ビジネスを安定して継続させるには、データの安全性確保が何よりも重要です。クラウドサービスは通常のセキュリティ対策に加え、データの保存先であるデータセンターそのものの安全性が確保されるため、企業は安心して活用できるでしょう。
データセンターでは、立地条件として厳しい基準が設けられており、自然災害や電力供給の安定度、回線速度が考慮されているのが通常です。保安上の理由から所在も非公開であることが多く、監視カメラや警備員の巡回、生体認証によって厳しく管理されています。また、データも物理的に分離された複数の場所にミラーリングされるため、災害や障害の際もデータ損失リスクを最小限に留められます。
最新技術の活用
オンプレミスと比較して、クラウド運用の大きな利点と言えるのが最新技術の活用です。
クラウドサービスでは、AIやビッグデータ分析などの最新技術が提供されており、これらを活用することでクラウドを効率的且つ有効に運用できます。たとえば、AIを併用した監視はログ・メトリクスを多角的に分析し、パフォーマンス性能や容量、障害などの予測が可能です。また、ビッグデータを活用すれば膨大な量のデータから有益な情報が得られ、ビジネスの意思決定に役立ちます。
クラウド運用で企業が管理する範囲
クラウド運用は、利用するクラウドサービスの種類によって管理すべき範囲が異なります。以下、クラウドの責任共有モデルで示される3つの責任範囲について解説します。
● IaaS(Infrastructure as a Service)の責任範囲
● PaaS(Platform as a Service)の責任範囲
● SaaS(Software as a Service)の責任範囲
出典:NISC ホームページ「内閣官房内閣サイバーセキュリティセンター:クラウドを利用したシステム運用に関するガイダンス」(https://www.nisc.go.jp/pdf/policy/infra/cloud_guidance.pdf)
IaaS(Infrastructure as a Service)の責任範囲
IaaS(Infrastructure as a Service)は、物理的なインフラ機能を提供するサービスです。代表的なサービスとしては、AWS(Amazon Web Services)、Azure(Microsoft Azure)、Google Cloud(Google Cloud)などがあり、自社でハードウェアを持たなくても利用できます。図に示した通り、仮想サーバーを含めたOSからミドルウェア、アプリケーションなどは利用者側の管轄となり、ネットワーク管理やセキュリティ対策も自ら実施する必要があります。
PaaS(Platform as a Service)の責任範囲
PaaS(Platform as a Service)は、アプリケーション開発に必要な実行環境を提供するサービスです。通常のアプリケーション開発では、環境構築するためのハードウェアやネットワークなどを準備する必要がありますが、PaaSはその環境が整えられているため、すぐに開発に着手できます。また、提供されるプラットフォームはすべてクラウド事業者の責任範囲となるため、セキュリティ対策やメンテナンスといった運用保守に手間がかからない点もメリットです。
SaaS(Software as a Service)の責任範囲
SaaS(Software as a Service)は、アプリケーションをインターネット経由で提供するサービスです。代表的なサービスとしては、Microsoft Office 365やDropboxなどで、ほかにも、クラウド会計ソフトやチャットツール、クラウドメール、ERPといったようにさまざまなサービスがあります。ハードウェア及びアプリケーションはすべてクラウド事業者が責任を負うため、企業側では各種設定とデータを管理するだけで利用できます。
クラウド運用のよくある課題とその解決策
クラウド運用はメリットが多い一方で、実際に導入してみると問題が生じるケースがあります。以下、クラウド運用のよくある課題と解決策について解説します。
- コスト管理の難しさ
- セキュリティの脆弱性
- パフォーマンスの低下
- 人材不足とスキルギャップ
- 複雑なマルチクラウド環境による負荷増大
コスト管理の難しさ
クラウドサービスは従量課金制の料金体系が一般的で、リソースの使用量や利用時間に応じてコストが変動します。そのため、初めてクラウドを利用する企業にとってはコストの見積もりが難しく、予算管理しにくい点が課題です。
たとえば、過剰なリソースを割り当てたり、一時的に使用したテスト環境を放置したりすると、継続的に無駄なコストを発生させてしまいます。また、契約するインスタンスタイプやストレージの種類によってもコストが変わり、結果として想定以上の料金が請求されます。
これらの解決策として、最も効果的なのがコスト管理ツールの利用です。コスト管理ツールでは、グラフによってリソースの使用状況が可視化され、リアルタイムでコストを確認できます。これにより、異常なコスト増加や無駄なリソースを把握し、素早く対処が可能です。さらに、コストアラート機能では予算を超える前に通知が受け取れるため、無駄な支出を未然に防ぐことができます。
また、コストを改善するもう1つの方法が自動スケーリングの活用です。自動スケーリングには、サーバー台数を増減させるスケールアウト/スケールインと、CPUやメモリなどのスペックを調整するスケールアップ/スケールダウンの機能があり、これらを活用することで最適なリソースが維持できます。
セキュリティの脆弱性
クラウド運用で、最も懸念されるのがセキュリティの脆弱性です。
セキュリティ対策が不十分な環境下においては、不正アクセスやサイバー攻撃のリスクが高まります。万が一、マルウェアやランサムウェアによる被害を受けてしまうと、機密情報の流出やデータ損失、サーバーダウンなどのリスクを伴います。
また、管理上の不備もセキュリティの脆弱性を引き起こす要因の1つです。なかでも、アカウント情報やアクセス権限の管理はセキュリティ対策の基本で、これを誤ると甚大なセキュリティ事故を招く可能性があります。
セキュリティを強化する方法として、第一に挙げられるのが監視ツールの導入です。監視ツールでは、CPUやメモリの使用率、パフォーマンスなどがダッシュボードによって可視化され、問題が生じていないかをリアルタイムで把握できます。閾値を超えた際はアラートで通知されるため、常時画面を確認する必要がありません。取得したログやメトリクスはさまざまな分析に活用することができて、問題の傾向や未来予測なども可能です。
パフォーマンスの低下
クラウドサービスは拡張性の高いサービスである一方、運用方法によってはパフォーマンスの低下を招きます。
主な原因として挙げられるのが、サーバーやデータベースの管理不足です。たとえば、データベースのインデックスに問題が生じた場合、データ検索や処理に時間がかかることでパフォーマンスが低下します。また、仮想マシンでCPUやメモリが不足すると、トラフィックの増加に対応しきれず処理速度の遅延を招きます。そのほか、アプリケーション自体のコードが最適化されていないこともパフォーマンスを低下させる要因の1つです。
サーバーのパフォーマンスを最適化するには、リソース管理が不可欠です。クラウドサービスでは、さまざまな機能を活用することでリソースを自動的に調整できます。
まず、挙げられるのが自動スケーリングです。自動スケーリングは、サーバー台数を増やしたりスペックを増強したりできるため、アクセスが集中したとしてもパフォーマンスの低下を防げます。また、ロードバランサーを用いれば、集中したリクエストを複数のサーバーに振り分けることができ、自動でパフォーマンスの問題を改善してくれます。
人材不足とスキルギャップ
はじめてクラウドを導入する企業によくあるのが、人材不足とスキルギャップです。
クラウドサービスは新しい知識や技術が求められるため、経験のないエンジニアがこれに対処するのは容易ではありません。人材育成を行うにしても日常業務とのバランスもあり、再教育や資格取得が難しくなります。そもそも、クラウドスキルを持つエンジニアは市場で需要が多く、新たな人材確保も難しいのが現状です。
また、業務基盤自体をクラウド化する際は、従業員への教育やトレーニングの問題もあります。仮に、教育が行き届いていないことで運用手順を間違ってしまうと、セキュリティ事故を招く可能性があります。
人材育成とスキルアップをスピーディに行うには、戦略的な育成計画が必要です。あらかじめ自社のビジョンを定めることで必要なスキル・経験が明確になり、効率的な育成計画を策定できます。たとえば、大手電気通信事業を営むNTTデータでは、グローバルビジネスの拡大を見据え、2025年までに数万人規模での育成計画を進行中です。各国のスキルレベルを合わせることを目標に、セミナーや勉強会、コミュニティ活動といった工夫を凝らした取り組みが行われています。
参考:グローバルクラウド人財の育成とスキル向上施策(株式会社NTTデータより)
また、人事評価制度の見直しは従業員のモチベーション向上に有効です。スキルを活かせる配置転換や、昇進・昇給につながる制度を作ることで、継続的な習得を促せます。
複雑なマルチクラウド環境による負荷増大
クラウド運用において、運用負荷を増大させる要因の1つがマルチクラウドの利用です。マルチクラウドは、複数のクラウドサービスを並行して利用するため、運用保守は個別に対処する必要があります。管理ツールや運用手順もサービスごとに異なり、これが運用保守を複雑にさせます。
また、マルチクラウドではセキュリティ基準の違いも課題です。クラウドサービスはそれぞれ異なる基準が設けられているため、全体の管理が難しくなります。これにより、セキュリティリスクが生じやすくなり、不正アクセスや情報漏洩のリスクが高まります。
マルチクラウド環境の課題に対処するには、統合管理ツールの利用がおすすめです。複数のクラウドが1つの管理画面から管理でき、監視からリソース、ジョブ、インシデント、コストまでを統合的に管理できます。そのほか、iPaaSツールを活用すればクラウド間でのデータ連携が行え、全体の業務効率化が可能です。
また、マルチクラウドにおいてはセキュリティポリシーの統一も必須です。全体としてのセキュリティ基準に一貫性を持たせることで同じ対策を行え、セキュリティリスクを最小限に抑えられます。
クラウドの課題をまとめて解決するクラウドマネージドサービスとは?
クラウド運用の課題解決に向け、最短で取り組めるのがクラウドマネージドサービスの活用です。クラウドマネージドサービスとは、クラウドの運用管理を専門に扱うサービスで、これを活用することで運用負荷を大きく軽減できます。
たとえば、運用保守に必要な監視やセキュリティ対策、定期メンテナンスだけでなく、障害発生時の一時対応も可能です。これにより、企業の運用管理者は限られたリソースを効率よく使え、より安定したクラウド運用を実現できます。
まとめ
クラウド運用は、導入コストの削減だけでなく、生産性向上やデータの安全性確保、最新技術の活用といったさまざまなメリットが得られます。しかし、運用方法によってはいくつかの課題も生じ、これに対処するには適切な運用管理が必要です。
クラウド運用の課題を解決するポイントは、運用保守に役立つツールの活用です。たとえば、監視ツールや自動スケーリングロードバランサーなどを組み合わせれば、最適なクラウド環境を維持できます。また、クラウドマネージドサービスを活用すれば、企業の限られたリソースを効率よく使え、より安定したクラウド運用を実現できます。によると、2021年度のクラウドサービスの市場規模は3兆5723億円で、前年度比24.3%増の伸びを見せています。この波は今後も続くことが予想されており、2026年にはクラウドの市場規模が約7.5兆円に達すると見込まれています。