
EU圏を中心に進む「データスペース」の社会実装 企業が知っておくべきデータ活用の新潮流

EU圏を中心に実装が進むデータスペースですが、日本においても少しずつ普及の動きが進んでいます。IPAを中心にデータスペース普及に向けた取り組みも進められており、2024年12月には「データ利活用・データスペースガイドブック第1.0版」も公開されました。
今回は、データスペースの概要と共に、日本と海外における普及状況やデータスペース活用の流れについてご紹介します。
データスペースとは?
データスペースとは、異なる組織やシステム間、国家間、システム間でのデータ共有と連携を容易にするためのIT基盤やエコシステムのことを指します。
デジタル社会で不可欠なデータに注目した概念であり、データスペースにより企業や組織はセキュアで効率的な方法でデータを交換・共有することができます。

日本と海外のデータスペースの現状
データスペースの概念は特にヨーロッパで注目されており、国や組織を超えたデータ連携を実現するため、データ基盤構築やルールの整備が進んでいます。具体的には、IDSA※1やGaia-X※2といったプロジェクトにより、分野を横断したデータ連携の事例が存在します。EUではデータスペースに対して、日本円で約2,300億円相当の巨額の資金を投入しており、140件を超えるデータスペースの実装例もあります。
一方、日本ではまだまだこのような取り組みは進んでいません。企業内や分野内に閉じて、個別の目的でのデータ活用が行われているのが現状です。
データスペースの対象領域
データスペースの取り組みが進むEUにおいては、下表のとおり幅広い領域を対象としたデータスペースが実装されています。日本においても、データスペースと呼べる規模ではないものの、一部でプロジェクトが進んでいる分野も存在します。
日本標準産業大分類 | EU | 日本 |
A農業,林業 | EDS農業 | 準公共(農業) |
B漁業 | EDS漁業 | |
C鉱業,採石業,砂利採取業 | ||
D建設業 | EDS建設 | スマートビル、地下埋設物国土交通PF |
E製造業 | EDS産業・工業、モビリティ | 企業間取引、蓄電池 |
F電気・ガス・熱供給・水道業 | EDSエネルギー | 水道 |
G情報通信業 | EDSメディア | |
H運輸業,郵便業 | EDS鉄道、モビリティ、航空、海運 | 自律移動ロボットモビリティ(サービス) |
I卸売業,小売業 | ||
J金融業,保険業 | EDS金融 | 金融 |
K不動産業,物品賃貸業 | 国土交通PF | |
L学術研究,専門・技術サービス業 | EDS文化遺産 | |
M宿泊業,飲食サービス業 | EDSツーリズム | |
N生活関連サービス業,娯楽業 | EDSツーリズム | |
O教育,学習支援業 | EDSスキル | 準公共(教育) |
P医療,福祉 | EDSヘルス | 準公共(医療) |
Q複合サービス事業 | EDSスマートコミュニティ | 準公共(スマートシティ) |
Rサービス業(他に分類されないもの) | ||
S公務(他に分類されるものを除く) | EDS行政(法、調達、安全) | 公的個人認証公共サービスメッシュ準公共(防災) |
T分類不能の産業 | EDSグリーンディール | CFPカーボンフットプリント |
※引用:独立行政法人情報処理推進機構「データスペース入門」P20より
なお、表中の「EDS」は欧州のデータ戦略で推進されるEurope Data Spaceの略称
データスペースのメリット
データスペースのメリットとして、大きく「企業が享受できるビジネス上のメリット」と「社会全体が享受するメリット」の2つが挙げられます。
ビジネス上のメリット
データスペースにより企業はデータを活用しやすくなり、以下のとおり新規ビジネス展開やマーケティング戦略の改善などの観点でメリットを得られます。
メリット | 概要 |
ビジネススピードの向上 | データを共有することで新しいビジネスを素早く開始できる |
新ビジネス展開 | データスペース参加企業が共同して問題に取り組むことができる |
マーケティング戦略の改善、問題の早期発見 | 高度なデータ分析で新パターンやトレンドを発見し、有益な情報を提供できる |
保有するデータのビジネス価値向上 | 今まで価値を見出せていなかったデータでも、組み合わせることでビジネス価値が生まれる |
データセキュリティの向上 | 共通的な基盤によりセキュリティ投資もしやすくなり、機密性、完全性を確保しやすくなる |
社会的なメリット
以下のように、社会的なメリットを享受できる点もデータスペースの特徴です。
メリット | 特徴 |
持続可能な社会の実現 | 環境に配慮した社会の実現や、エネルギー消費データを分析した効率的なエネルギー資源の活用が可能となる |
知識社会の実現 | AI、ビッグデータ、ロボティクス、IoTなどの技術を活用した豊かで便利な社会を実現できる |
安心・安全な社会の実現 | 将来のできごとを予測しリスクを軽減し、災害時にも迅速な避難誘導を実現する |
平等で格差の少ない社会の実現 | 教育やビジネスの機会が平等に与えられる |
データスペースでのデータ連携イメージ
データスペースにおいては「①データの探索」「②認証・認可」「③データ転送・アクセス」という3ステップでデータの共有を行います。

※引用:独立行政法人情報処理推進機構「データスペース入門」P14より
データの探索
データの探索をしやすくするために、データスペースでは「データカタログ」が用意されます。データカタログとは、データスペース内のデータセットのメタデータ情報を収集・整理したものであり、どのようなデータが存在し、それをどのように利用できるかを検索可能にするツールです。これにより、利用者は必要なデータを効率的に発見し、利用することができます。
認証・認可
利用したいデータが見つかれば、データの利用にあたっての認証・認可を取得します。データの利用が有償となる場合、データ提供者と利用者の間で契約を締結したうえで、データスペースへのアクセスに必要となる認証・認可情報を発行する流れとなります。
データ提供者と利用者の間では、コネクタにより認証・認可を実施します。コネクタは安全なデータ交換とデータ共有を実現するために定義されるデータ共有のためのソフトウェアであり、たとえばEUでは「EDC(Eclipse Dataspace Components)」と呼ばれる標準的なコネクタが提供されています。
データ転送・アクセス
最後に、データの転送もしくはアクセスを行います。データ活用においては、データの実体を自社のデータベースに格納するケースだけでなく、必要なときに必要なデータを格納したデータベースにアクセスする方法も有効です。データスペースにおいては、このようなデータアクセスの仕組みも用意されています。
データスペースにおいては、インターネットの様にリンクをたどって必要なデータにアクセスすることができます。利用頻度の低いデータについては、このようなデータアクセスの仕組みにより効率的な利用が可能となります。
データスペース利用の全体像

以下では、IPAが提供する「データ利活用・データスペースガイドブック」も参考にしつつ、データスペースを利用するにあたっての流れをご紹介します。
経営戦略策定
データ活用を推進するためには、まず全社的なビジョンや方針を設定し、全員にそれを共有する必要があります。併せて、ビジョンを実現するために何をすべきかを、ロードマップとして整理します。
これらの取り組みを通して、まず企業が目指す姿を議論し、組織全体でデータを活用する動機づけを行うことが大切です。
IT戦略・企画策定
前フェーズで策定したデータ戦略を基に、このフェーズではデータ活用を伴う事業の具体的な企画を検討します。
データ活用を企画する際には、以下のステップを踏むと効率的です。
- 目標の明確化
まず、事業の目標を明確にします。たとえばデータ活用により差別化を図った新製品の投入を目指す場合、その製品のターゲット市場や競合状況を理解する必要があります。
- 必要な情報の特定
目標達成に必要な情報をリストアップします。必要なデータの例は以下のとおりです。
種類 | 内容 |
市場データ | 市場規模、成長率、トレンド |
顧客データ | ターゲット顧客の年齢、性別、購買行動 |
競合データ | 主要な競合企業のシェア、強み・弱み、価格戦略 |
- データの探索
多くのデータ提供者がデータの情報を公開しています。前述したデータカタログ以外にも、企業のWebサイトで提供しているケースやデータ取引市場内でデータを公開しているケースなどさまざまです。
活用できるデータの具体例として、ここでは「オープンデータ」をとりあげます。オープンデータとは、政府機関や公的機関などが社会全体の利益のために広く利用されることを目的として公表しているデータです。オープンデータは基本的に誰でも活用でき、利用制限が少ないのが特徴となっています。以下のようなデータが具体例です。
種類 | 例 |
交通データ | 運行状況、交通量、事故情報など |
環境データ | 気象情報、エネルギー消費など |
経済データ | GDP、物価指数など |
社会データ | 人口統計、健康統計、教育統計、犯罪統計など |
オープンデータを探す際には、IPAが提供する「データに関わる国内外の取り組みに関するリンク集」を参照するとよいでしょう。
- データの取得判断
データを探索した後、コストやデータの品質、データ量などを踏まえて当該データの利用可否を判断します。データ取得時には、データ結合や不要項目のマスキングなどの加工が必要にあることもあります。データ取得にあたって必要な作業はあらかじめ整理したうえで、アプリケーション開発の際の参考情報とします。
契約
データスペースに参加してデータを利用する場合、通常はデータ提供者と契約を締結する必要があります。参加するデータスペース側で契約書のひな形や利用規約が用意されている場合もあるため、事前に確認して利用を検討します。
データ取得リクエストがあるたびに機械的に提供可否を判断する場合や、個別に判断を行う場合など、契約条件によりデータの提供方法も変わります。データ活用のリアルタイム性やスピード感にも関わってきますので、契約条件やデータ提供方法についてはよく確認すべきです。
データ提供側と契約を結ぶ際の注意点は以下の通りです。
項目 | 内容 |
ライセンス条件の遵守 | 使用目的の範囲や免責事項を確認し、ライセンス違反を行わないようにする |
オープンデータ利用時の注意 | オープンデータを利用する場合、契約締結は不要なことが多いものの、利用条件は十分に確認する |
セキュリティやコスト | 利用期間や利用範囲を必要最低限とし、セキュリティおよびコストを最適化する |
データ活用のためのアプリケーション開発
一般的なデータスペースでは前述したコネクタが用意されており、コネクタを通してデータにアクセスすることで、安全なデータ転送やアクセスが可能となります。データを利用するアプリケーションを開発する場合は、このコネクタを利用できるように機能を実装します。
また、データスペースには検証や評価を行うためにテストデータが用意されていることもあります。これらはアプリケーション開発時のテスト工程において活用できます。
データ活用のためのアプリケーションには「データの収集」「データの加工」「データの蓄積」「データの抽出」といった各機能が必要です。具体的には以下のような機能を実装します。データ変換ツールやBIツールなどを活用することで、これらの各機能をスクラッチ開発することなく効率的に実装できます。
データ活用のステップ | 各ステップ向けに用意すべき機能 |
データの収集 | ・データを取得するためのAPI連携・必要最小限のデータのみを取得する機能 |
データの加工 | ・データクレンジング・データの変換・正規化・統合・データのマスキング |
データの蓄積 | ・データウェアハウス、データレイクなどへの蓄積 |
データの抽出 | ・データの集計やフィルタリング、サンプリング・可視化 |
運用
アプリケーションの実装後、運用フェーズに移行します。運用フェーズでは、契約条件に照らしてデータの利用可否について認証・認可を行い、開発したアプリケーションを使用して事業活動や分析を行います。
必要に応じて、データの信憑性向上のために既存データのクレンジングを行うこともあります。また、自社で定めたデータガバナンスなどに従って適切なデータ活用を行うことも重要です。
評価
データに基づいた事業活動やデータ分析を改善するため、事業活動を評価します。評価によりデータの追加取得や分析観点の見直しなどを進めていきます。
データ活用の取り組みにおける評価の観点は以下のとおりです。
評価観点 | 詳細 |
相互運用性 | データが異なる組織間で共有され、協力が進んだか |
データ主権 | データが法規制を遵守しているか、第三者がアクセスしていないか |
データ戦略の達成度 | データ戦略がビジネス目標に貢献したか |
データガバナンスの効果 | データガバナンス体制やデータ管理プロセスが機能しているか |
データ品質の状況 | データの正確性、完全性、一貫性が確保されているか |
データ分析の推進状況 | データ分析に必要なデータが不足していないか |
セキュリティとリスク管理の状況 | セキュリティポリシーやリスク管理が適切に実施されているか |
組織全体のデータ文化の浸透度 | データ活用文化が浸透しているか、データに基づく意思決定が行われているか |
データインフラの有効性 | データ活用基盤やデータ分析基盤の整備が計画通り進んでいるか |
まとめ
今回は、日本でも普及の動きがみられつつあるデータスペースについてご紹介しました。データ活用の必要性はあらゆる企業が認識しているものの、企業間・組織間での連携はまだまだ進んでいないのが現状です。各業界においてデータスペース実装の動きがあれば、見逃さずに追随していく必要があるでしょう。